
そんな言葉がいつも心の奥でくすぶっていた。
自分の都合でシングルマザーになったから、親に頼るのは違う、辛くて泣いたら負けだと勝手に思い込んでいた。泣く時間があったら「この状況をどうにかしよう」と、自分を奮い立たせていた。 いつも1人で頑張っていた。
母親なんだから、息子の事を一番に考えることが、当たり前だと思っていた。 でも……誰が「わたし」のことをわかってくれるの?
泣き言は言うまい。
そう思っていた。

息子が小さい頃、シングルマザーで育った子は「わがままだ」と言われることを恐れていたので、世間的に見て「理解のある良い母親」であろうと必死でした。 育児本を読みあさり、いろんなメソッドを試して、自分の母親のように子どもの気持ちを理解できないようにならない、感情的にならないように気をつけて話すということを心がけていました。
でも現実は、毎日怒鳴りまくって、言うことを聞かない息子にイライラして 「なんでこんなに頑張っているのに、うまくいかないの?」 「なんで息子はわたしの気持ちをわかろうとしてくれないの?」 と、「なんで?!」と悩む日々。
我慢して、我慢して、息子に対してできる限りのことをやってもうまくいかない。 自分自身が嫌になる。 さらに息子が学校や他の場所で問題を起こす度に 「自分の子育てが間違っているのか?」 「やっぱりシングルマザーだから、片手オチなの?」 「いっそのこと、息子は里子に出した方がお互い幸せなんじゃないの?」 と思ったくらい。
頑張って積み上げてきたものが、砂のようにさらさらと指の間から流れ落ちていって、結局何も手の中には残らなかった。 そんな感覚だった。
だけど本当に必要なのは「誰か」の子育て方法じゃない。 子どもの個性を無視した、誰かにとっての「正しい」子育て方法じゃなかった。
「あきつさん、頑張っているよ」と言われるだけじゃ、ダメだった。
お母さんは、みんな頑張っている。 子どもが生まれた瞬間から、全責任を押しつけられている。 知りたかったことは、頑張っている「先」を、どうしたらいいのかってことを指南してくれる、サポートしてくれる誰かの存在が欲しかった。
息子との体験を通してわかったことは、子育ては完璧になることじゃない。 子どもとの”つながり”を育てること。 そして何より、自分自身と向き合うことしか、何も始まらないことに気づいた。